羽生結弦の出場するはずだったグランプリファイナル(12月)のチケットは、

転売サイトで60万もの高値で取引されていたという。

羽生の特集だけで100ページ超という雑な出版物の作り手は、

2大会分のネタをまったく仕入れられなくなり、頭を抱えた。

厳しい取材規制にもめげず羽生ばかり追いかけてきた記者も、

彼の出場するはずだった試合の放送局も、

これまでの取材がほぼ無駄になり、茫然自失だ。

もちろん、もっと桁違いの損失は、

あえて書かずとも山のようにある。

無謀な挑戦の末の負傷、NHK杯欠場。

その決定で、羽生結弦人気に踊らされていた人々、

ぶら下がっていた人々の多大な労力、時間、金銭は一瞬にして灰燼に帰した。

アスリートのケガという不測の事態はしばしばこうした混乱を招くが、

今回引き起こされたものは、

その規模、そしてクレイジーさにおいて、

目を見張るものがあった。

彼の負傷はほんとうに痛ましいが、

回避不能だったケガでは決してない。

体調不良の中で4回転ルッツの練習という、

しなくてもいいこと、

するべきでないことをしての、

しなくてもいいはずのケガだ。

これで万が一、選手生命に影響を残すようなことになれば、

彼は悔やんでも悔やみきれないだろう。

なぜこんな事態に陥る前に、

人々は彼に無理な練習をやめさせなかったのか。

一番の責任は、もちろん彼自身にある。

高難度の4回転の練習はセーブするように、

メインコーチのブライアン・オーサーは再三忠告したようだが、

彼は聞き入れなかった。

しかし、コーチ以外の周囲の人々、

いつも周りを取り巻いている役割のよくわからない人々は、

ひとりも彼を止めなかったのか。

これだけの成績を出し続けていることで、

誰の忠告も聞き入れない存在に、

触れられない腫物のような存在になっていたのか。

4回転ルッツへの挑戦を、「素晴らしいチャレンジ」と持ち上げたメディアの責任も大きい。

羽生は、既に持っている4回転3種類でも十分オリンピックシーズンを戦える選手だ。

むしろ宇野昌磨、ネイサン・チェン、ボーヤン・ジンといった、

“跳び盛り”の若手とは一線を引き、

キャリアのある選手なりに、

スケーティングや音楽表現、

今できるジャンプの質を上げることなどに、

もっと力を注ぐべきだった。

同じ仙台出身の五輪チャンピオン・荒川静香が、

得意の3回転―3回転を敢えて封印し、

美しいプログラムを世界中の人々に印象付けながら勝利し、

女子では12年ぶりの20代チャンピオンになったように。

彼はもう大人のアスリートであり、

ましてや彼の打ち込んでいるスポーツはフィギュアスケートなのだから。

しかし彼は、4種類目、5種類目の4回転をシーズン早々披露した宇野やチェンに火をつけられてしまったのだろう。

オフシーズンには「チャレンジしないつもり」と公言していたルッツに、

シーズンイン後、躍起になって挑むようになる。

4回転が当たり前になった現在でも、

ルッツとフリップは、

他の3種類とはけた違いの迫力で、

人々を圧倒する。

彼がどうしてもそれを手に入れたかった気持ちも、

よくわかるのだ。

しかし、ただでさえケガをしやすい身体での、

この年齢でのチャレンジは、

どう見てもリスクが大きい。

彼は常に新しいジャンプに挑むことでモチベーションを保っている、

とも言われているが、

その代わりに新しいプログラムに挑む方向になぜいかなかったのか。

新プログラムをブラッシュアップすることで気持ちを高められれば、

跳んでばかりの練習にならずに済んだのではないか。

そんな挑戦をメディアは大きく称え、

NHK杯でも「4回転ルッツでファイナル進出!」などと煽り立てた。

ルッツなど跳ばなくとも、

2、3本ジャンプを失敗したとしても、

楽々ファイナル進出が決まる試合だったにも関わらず。

それはもちろん、「4回転ルッツ」が、

連呼して人々の注意を引き付けるのにぴったりの技だったからだ。

もはや4回転は当たり前になってしまった昨今だが、

並ではない4回転、最難度の4回転を見られるかもしれないぞ、と。

かつて浅田真央をトリプルアクセルという代名詞でがんじがらめにしたのと、

全く同じことだ。

そしてNHK杯、彼らが何をしていたかといえば、

羽生のいなくなった試合には目もくれず、

彼の宿泊しているホテルでずっと張り込みをしていたのだ。

あるいは会場にいたとしても、

記者席で試合を見ることもなく、

漫然とプレスルームに溜っていた。

それが、現在の日本のフィギュアスケート報道だ。

羽生結弦が引退し、

新たなスターが現れなければ、

あっという間に彼らはここを去っていくだろう。

五輪以降についた羽生の一部ファンもまた、同じだ。

フィギュアスケートではなく、

羽生結弦だけのファンは、

彼の欠場が決まると試合会場に現れさえしなかった。

今回のNHK杯、実は男子、女子、ペア、アイスダンスと、

4カテゴリーすべてで世界チャンピオンが集ったとても贅沢な試合だ。

6戦あるグランプリシリーズのうち、

日本のNHK杯はもっとも多くの観客を動員する。

そんな場だからこそ、羽生以外の3組のチャンピオンも揃ったのだろう。

しかし、こんな素晴らしいパフォーマンスを日本で見られるなんて奇跡、

と言われるほどの、テッサ・ヴァ―チュー&スコット・モイヤ組(アイスダンス)の演技時、

客席は半分しか埋まっていなかった。

切符はすべて売り切れのはずなのに、である。

これが、今の日本のフィギュアスケートファンの姿なのだろうか?

いや、彼らの演技を見たくとも、

チケットが手に入らず涙をのんだファンはたくさんいる。

ひとりの選手だけではなく、

フィギュアスケートそのものを楽しもうという人々だ。

しかしチケットを手にした特定選手のファンは、

彼が出ないだけで貴重な客席を空けてしまう。

彼らにとって最後のグランプリになるだろう一戦で、

渾身の演技を見せてくれたチャンピオンに、

ほんとうに失礼な事態だった。

しかし今回のNHK杯、

各試合で空席が目立ったことをのぞけば、

実は非常に内容の濃い、見ごたえのある、

そして誰にとっても居心地のいい試合となったのだ。

女子シングルでは、

ケガから復帰の宮原知子が11か月ぶりに競技の氷に立ち、大喝采を浴びた。

同様に昨年のオフにケガをし、

昨シーズンは精彩を欠いていた本郷理華も、

久しぶりに溌剌とした彼女らしい演技を見せ、ファンは大喜びだ。

若手が台頭する日本女子のオリンピック代表権獲得は、

彼女たちにとってたやすいことではない。

しかしソチ世代引退後の女子を支えた宮原・本郷はやはり日本チームの要であり、

ふたりが本格復帰する全日本選手権は素晴らしく華やかな試合になるだろう、

そんな予感をさせたくれた。

またペアでは、中国のウェンジン・スイ&コン・ハン組が世界歴代最高得点で優勝。

実は彼らは、羽生が世界ジュニアで優勝した年(2010年)の、

ペアの世界ジュニアチャンピオンだ。

それゆえよく覚えているが、

彼らのジャンプ技術のピークは、

女性のスイが成長する前のジュニア時代だった。

飛距離も高さも迫力もある4回転スロージャンプを連発していたあの頃。

そこからケガをし、ソチ代表を逃し、

大技以上にペアのユニゾン(男女の同調)を磨いて、

技術的ピークを過ぎてから世界チャンピオンになり、

歴代最高スコアを出すに至る。

彼らのプログラム「トゥーランドット」は、

彼らのコーチであり、

中国初の五輪チャンピオンとなったシェン&ツァオ組の代表作と同じ音楽を使っている。

中国ペアにとって記念碑的な一作に、

オリンピックシーズンに挑もうという心意気。

NHK杯ではまだ技と技のつなぎが未完成ながらも、

2月にはとてつもない大作になるだろうと誰もが予感した演技を見せてくれた。

ジャンプ技術に頼らず戦う姿勢、

五輪シーズンだからこそ、

新たな表現に挑もうとする姿勢。

現世界チャンピオン同士でありながら、

今季の羽生とは対照的な取り組み方のスイ&ハンの優勝には、

考えさせられることが多かった。

そして、30歳で優勝したセルゲイ・ボロノフを筆頭に、

29歳、28歳の3選手が表彰台に立った男子シングル。

若手が強力なジャンプを武器に時代を引っ張る男子シングルにおいて、

こんなに痛快な結果はなかった。

彼らは1プログラムで1本または2本の4回転に集中して挑み、

成熟したそれぞれの個性をたっぷり押し出して見せた。

「僕たちは、4本とか5本なんて数の4回転は跳べない。

でも、演技で、スピンで、スケートで、ジャンプのクオリティで、

それぞれの持っているものを見せて戦っていくんだ」とは、

3位のアレクセイ・ビチェンコの言だ。

古き良き時代(といっても、10年も前ではないのだが)の男子シングルを見る楽しさを久しぶりに思い出させてくれたし、

4回転連発のトップ争いの陰に見逃せない選手たちがいることを、

改めて感じさせてくれた。

皮肉なことに、

羽生結弦一人がいないことで、

男子シングルは例年になくフェアな試合でもあった。

彼自身にまったく非はないのだが、

これまでのNHK杯は彼が出場し、

大きすぎる声援やホームアドバンテージを受けることで、

他選手が羽生の添え物のような雰囲気があったのだ。

羽生に限らず、

日本選手の連覇や表彰台独占、

アベック優勝などは景気よく報道されるが、

海外の一流選手たちの活躍も楽しみに見ているファンにとっては、

時差を超えて遠い日本にまでやってきた選手たちに申し訳ない気持ちにもなった。

今大会、結果的には全種目で日本選手のメダルなし、

という残念なものだったが、

実はここ数年のNHK杯のなかでは最も会場の雰囲気が和やかで、

すべての選手に等しい声援と熱い視線が注がれた素晴らしい試合だったのだ。

こんな試合こそしっかり見てほしいのは、

客席や記者席を空席にしていた人々だったのだが。

羽生結弦の負傷、NHK杯欠場という一件は、

様々な点で日本のフィギュアスケートブーム、

羽生結弦ブームの異常さ、

空虚さを浮き彫りにしてしまった。

しかし彼がここまでやって来た道のり、

そしてひとつひとつ掴んできたもの。

それはいたずらに消費され、

潰されていいようなものだろうか。

初めて、敬愛するエフゲニー・プルシェンコやジョニー・ウィアーと同じショーで共演した時、

目をキラキラさせて「憧れるなあ」とつぶやいた彼。

初めてトリプルアクセルを練習で成功させ、

喜びのあまり氷の上を転げまわった彼。

初めてパトリック・チャンと同じ試合に出て、

彼の滑りに身も心も奪われてしまい、

自分の練習がまったく手につかなかった彼。

初めての世界選手権メダルを取ったとき、

「失礼します!」と大きな声で挨拶しながら記者会見場に入り、

海外メディアもほほ笑ませた彼――。

羽生結弦のここまでの道のりが、

どれだけまぶしい光に満ちていたか。

彼がどれだけ雄々しく、溌剌と、

フィギュアスケートに立ち向かってきたか。

そんな青年が、

金に塗れた手で消費され、

狂信的な視線に消耗していいものだろうか。

絶対安静10日間と発表され、

そこから万全の調子で氷に立つ日まで、

チャンピオンにはしばらく、

自分を見つめなおす時間ができた。

気になるのは、彼がソチ五輪後、

ほぼノンストップで駆け抜けてしまった、その理由だ。

あの、14年中国杯での衝突事故後も休まず試合に出続けた時、

「結弦は一度立ち止まると、

たぶん2度と走り出せない。

それが怖くて、

休むことができないのだ」と、

近しい人が言った。

何があろうと、

どんなケガでも競技を続けてきた彼にとって、

今回の負傷欠場と加療・休養は、

人が思う以上に精神的なダメージが大きいのではないか。

子どもで、無防備で、未成熟な彼も、

ここまでアホな経緯でケガをしたのは初めてで、

さすがに落ち込んでいるだろう。

もしかしたら身体の受けた傷よりも、

心の傷のほうが大きいかもしれない。

しかし心の大きなダメージは、

これまでのありようをしっかりと振り返り、

大きく変わるための、

いい機会になるかもしれない。

もうジャンプばかりにこだわるな、

とか、何か具体的なことを彼に期待したいわけではない。

ただ、これまでの羽生結弦とは、

精神性において違う羽生結弦を。

彼を取り囲む異常なブームに決して飲み込まれることのない、

強く、賢く、新しい羽生結弦を、

ピョンチャン五輪では見てみたい。

そしてメディアが、

ファンが、周囲の人々ができることは、

どんな羽生結弦が現れても、

今度はちゃんと彼の真の姿を見つめることだ。

さすがにここまで大きな負傷をして、

NHK杯以前の技術レベルで五輪に臨むことは、

とてつもなく難しいだろう。

いかに羽生でも、

ここまでやってしまって五輪連覇はない、

と多くの人が予想している。

そうなったとき、

安っぽい悲劇のヒーローのストーリーで彼をまつりあげることなく。

また、ここまでの事態に陥っても、

それでも彼ならば、

鬼のようにすべてを乗り越えて五輪連覇を達成してしまうのでは、

という予想もある。

そのとき、彼がいったいどんな勝ち方をするのか。

そらぞらしい礼賛や崇拝一辺倒に陥ることなく。

3ヵ月後、

かりそめにも「フィギュアスケート大国」と呼ばれた国の、

このブームはいったい何だったのか――

羽生結弦だけでなく、

彼を取り巻くすべての人々がジャッジされる

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